デンマークの代表的な童話作家、詩人。
デンマークでは、Andersen が非常にありふれた姓であることから、フルネームを略したH. C. Andersenと呼ばれる。
両親の愛と母親の盲信によって育てられ、若い頃から想像力を発揮した。
1816年に靴職人の父親が亡くなると学校を中退せざるおえなくなる。15歳の時、オペラ歌手になろうとし、コペンハーゲンに行くものの、最初の3年間は困窮を極め、創作する劇作や歌なども認められなかった。
その後も挫折を繰り返し、デンマーク王立バレエ団のバレエ学校にも在籍していた。苦しい生活の後、政治家コリンの援助もあり大学を卒業する。
国外を遊学し、その際のイタリアでの印象と体験より「即興詩人」を著す。
1835年「童話集」を発表するが、当初はむしろ不評であったという。以後死ぬまでの40年で150余編の童話を書いた。
アンデルセンの童話作品はグリム兄弟の様な民俗説話からの影響は少なく、創作童話が多い。初期の作品では主人公が死ぬ結末を迎える物も少なくなく、若き日のアンデルセンが死ぬ以外に幸せになる術を持たない貧困層への嘆きと、それに対して無関心を装い続ける社会への嘆きを童話という媒体を通して訴え続けていた事が推察できる。
しかし、この傾向は晩年になってようやくゆるめられていき、死以外にも幸せになる術がある事を作中に書き出していくようになっていく。
70歳の時に、肝臓癌のため死去する。